食事療法や療育は頑張りすぎないことが生活の質を上げるコツです。


こんにちは!高垣です。
この記事を読んで頂きありがとうございます。

 子供が食事中にこぼす、汚したときって
気持ちをおさえきれないですよね。

そんな怒りもこんなアイテムでグッと
受け入れやすくなります。

 今日は

 「食事療法や療育は頑張りすぎないことが生活の質を上げるコツです。」

について私なりの見解を述べてみたいと思います。

「食物アレルギー」がある方は多いと思います、
しかし、食事療法や療育は頑張りすぎないことです。

頑張り過ぎない事は本当に大切なことです。

次男には「食物アレルギー」が
あると以前お話しました。

今は生乳のみ除去のみでよくなったのです。
しかし、生まれたばかりの頃は本当に大変でした。

当時、私は食事療法を覆っても頑張り次男は
かなり改善しました。

同時に、失うものも多かったのです。
その経験から学んだことは、育児療育に対する私の考え方になりました。

「できる範囲でできることをやればいい」

について通じているというかこの出来事で生れました。

私の失敗経験をお話させていただきます。
次男はでも間もなくからアレルギーが強く出てしまいました。

全身が湿疹だらけで身体がかゆくなかなか
寝付いてくれませんでした。

おとなしくあまり泣かない。
けれど、なんだかぐったりして疲れている。

そういう印象の赤ちゃんでした。

6ヶ月検診の他の赤ちゃんの肌ががピカピカツルツルでした。
うちの子は顔が真っ赤でぐじゅぐじゅだったのです。

わが子がかわいそうでくやしく惨めで車の中で泣いた日

次男がかわいそうでくやしくて惨めで車の中で泣きながら
帰ったのを憶えています。

私は次男もアレルギーが少しでも良くなるならば

「この子のためにできることは何でもしよう」

と決心しました。

スポンサーリンク

次男のために何でもしようと決心した私

インターネットで名医を探し当て、当時まだ幼かった長男も
連れて西へ東へ走りました。

慣れない道を車で片道1時間さらに2~3時間時間順番待ちの時間。
県外からもたくさん親子が帰宅するまで半日はかかってました。

母乳は私が食べたものの影響が残るので厳しい食事制限しアレルゲン
(アレルギ―のもとになる)物質はすべて除いてことになりました。

当時の次男のかゆみのもとにとなっていたのは
乳製品・卵・小麦粉・豚・ゴマ果物・魚介類など。

さらにアレルギーを悪化させる可能性のある油や
白砂糖・添加物・残留農薬等も徹底的に避けました。

食事は母乳を与えるのが私ということで私にもかかわる問題でした。
医師の指導の下徹底的な管理をしました。

私は好きなピザやケーキもお預けにして毎食おにぎり
とみそ汁ばかりの生活なりました。

そして他人やハウスダストも良くないようなので毎日布団を干し
家中の布団に掃除機をかけました。

食事に少しでも変化を欲しくてマクロビオティックや食事療法の本を
読みながら豆乳を使ってシチューやカレーを作れるようになりました。

次男の1才の誕生日にはお芋生地の手作りケーキでお祝いしました。

そんな私の必死の頑張りの甲斐もあって次男のアレルギー短期間に劇的に
改善しましました。

体質的な根治は難しいけれど体中の湿疹もごく一部になりました。
ちょっとずつ除去食を解除しながら離乳食挑戦できるようになったところがです。

すっかり余裕がなくっていた私。

スポンサーリンク

次男は落ち着いたものの長男の心はズタズタしてしまった私

私はは幼くの可愛い盛りの長男を毎日
叱り飛ばしてしまっていました。

長男は次男は生まれてから赤ちゃんがえりがひどく狂ったように
泣き叫びわがままばかり危ないことばかりしてしました。

布団を干して操縦しなければなにまとわりついて邪魔をして
毎日寝不足で疲れ切った私を困らせました。

大きな声で怒鳴ったり時には手を上げて伝えたりこともありました。

いったい幸せってなんだろう。障害は単なる状態で不幸せそのものではないようです

パパにも

「最近笑ってないね」

と言われた私は育児ノイローゼ寸前でした。

毎日、歯を食いしばって頑張り続けたこの時期。
子供の記憶がそんなに残っていません。

私はあれだけ必死になって関わった次男がいつ、はいはいや、たっちをしたのか。
初めての言葉は何だったのか全く覚えていません。

次男が生まれるまでは長男がひたすら愛おしくて写真や
ビデオをいっぱい撮っていました。

しかし、この期間のほとんど記録は残っていません。
結果論ですが劇的な変化はなくとも本人の成長に任せていればよかった。

ある程度までは落ち着いたのかも知れないと思うことがあります。
次男には必要な治療ではあったけれどここまでの犠牲を払って良かったのか?

今でも確信を持てません。
お母さんの必死になり頑張りすぎてしまう。

するとそれと引き換えに失うものも大きいのだと感じました。
この時の経験を踏まえて現在では、食事療法も療育も

・体質改善、苦手克服は「出来る範囲でできること」だけでいい

・指導者に依存しすぎ目の前の子どもをよく見て自分で考え自分で判断する

・「子供ため!」と思い詰めず楽しめることを取り入れる

ということを心がけるようになりました。
お母さんが「子供のため」と持てる全てのエネルギー捧げないで下さい。

思うようにいかない時、結果に振り回されたり子供にイライラしたりしてしまいます。
自分のペースで、自分に合った方法で無理せず楽しんで続けられる方法を見つけられる。

これらのことが結果的には本当の意味で子供ために.(そして、他の家族のためにも)
なっていくのだおもいます。

最後に

先ほども書いたように次男は激的に症状の和らぐという意味では、
成功したと言えるでしょう。

そんな私の必死の頑張りの甲斐もあって次男のアレルギー短期間に劇的に
改善しましました。

体質的な根治は難しいけれど体中の湿疹もごく一部になりました。
ちょっとずつ除去食を解除しながら離乳食挑戦できるようになった。

この時私の次男ではなく、私個人でもなく。
私たち家族は不幸以外の何もでもなかったのかなと思います。

母親が笑顔でない家庭ほど何かに欠けた家庭はないと思います。
不幸という言葉が印象的過ぎるとしても私たち家族は悲痛だったと思います。

その経験が何事も思いつめないで進めて欲しいという育児論。
ひいては人生論を育ててくれたのです。

それでは、いかがでしたか?
食事療法や療育は頑張りすぎないことが生活の質を上げるコツです。
についてのまとました。
にぜひご参考にしてみて下さい 。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました