人はなぜ相手の気持ちが分からないのか?|恋愛で「分かり合えない」が起こる理由

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こんにちは!高垣です。
この記事を読んでいただきありがとうございます。

恋愛をしていると、
「相手が何を考えているのか分からない」
と思うことがあります。

LINEの返信が遅い。

既読だけついて返事が来ない。

二人の時はあれだけ対話できたのに。

会話は尽きることがなかった。

料理を作る時も自然に会話が続いていた。
会っている時は優しかったのに、急にそっけなく感じる。

そんな時、人は相手の気持ちを知りたくなります。
夫婦関係でも同じです。

毎日一緒に生活しているはずなのに、

「本当は何を考えているのだろう」

と不安になることがあります。

しかし不思議なことに、人は相手の気持ちを知りたいと思う一方で、その気持ちを正確に知ることはできません。

だからこそ誤解が生まれます。
そしてその誤解が、人間関係の苦しみを生み出していきます。

では、なぜ人は相手の気持ちが分からないのでしょうか。
相手の気持ちを深く知りたいという気持ちは、どうすれば満たされるのでしょうか。

人は事実ではなく解釈を見ている

まず理解しておきたいのは、人は事実ではなく解釈を見ているということです。
例えばLINEの返信が遅いとします。

これは事実です。

しかし、

「嫌われたのではないか」

「怒らせたのではないか」

「もう興味がないのではないか」

これは全て解釈です。
事実ではありません。

実際には相手が仕事中かもしれません。
体調を崩しているかもしれません。

スマホを見る余裕がないだけかもしれません。
つまり、あなたのことを嫌っているとは限らないのです。

しかし人は事実そのものではなく、自分が作った解釈によって苦しみます。
恋愛相談の多くも同じです。

相談者が苦しんでいるのは、相手の行動そのものではなく、その行動に付けた意味であることが少なくありません。
返信が遅い。

それは事実です。

嫌われた。

それは解釈です。

あなたがそう思っただけかもしれません。
人は事実を見ているつもりで、自身の解釈を見ていることが非常に多いのです。

だから同じ出来事でも、人によって受け取り方がまったく違うのです。

なぜ人は解釈してしまうのか

では、なぜ人は解釈してしまうのでしょうか。
それは不安だからです。

未来が見えない。
相手の心が見えない。

確認できない。

こうした「分からない状態」は、人間にとって非常に苦しいものです。
人は空白を嫌います。

だから空白を想像で埋めようとします。
しかも多くの場合、その想像は悲観的になります。

嫌われたのではないか。

見捨てられたのではないか。

もう終わりなのではないか。
しかし本当は何も確定していません。

ただ分からないだけです。
だから悲観的な状況とは限りません。

人は不安になると、事実よりも想像を信じ始めます。
そしてその想像を現実だと思い込んでしまうのです。

本当にそうなのでしょうか。

恋愛だけではない

これは恋愛だけの話ではありません。
夫婦関係もそうです。

旦那さんとの関係も、奥さんとの関係も構造は同じです。

親子関係もそうです。

職場もそうです。

友人関係も同じです。

夫婦で何度話しても伝わらない。

親が自分の気持ちを理解してくれない。

上司が何を考えているのか分からない。

友人の態度が急に変わったように感じる。

こうした悩みの多くは、「相手の気持ちが分からない」というところから始まっています。
考えてみれば当然です。

私たちは相手の表情や言葉を見ることはできます。
しかし誰も心の中を直接見ることはできません。

だから人間関係の基本には常に「分からない」が存在しているのです。
完全に分かり合えないことは、人間関係の欠陥ではありません。

むしろ人間関係の前提なのです。
そこから人間関係が始まるのです。

沢山咸が示す感応の力

易経に沢山咸という卦があります。
咸には感応という意味があります。

相手を無理に動かそうとするのではなく、まず感じ取ろうとする姿勢です。
人間関係も同じなのかもしれません。

相手を決めつける前に感じ取ろうとする。
答えを出す前に耳を傾ける。

その姿勢が感応であり、理解への第一歩なのです。
私たちは不安になると、すぐに結論を出したくなります。

嫌われたのではないか。

愛されていないのではないか。

もう終わりなのではないか。

しかし、その結論は事実ではなく、不安が作った解釈かもしれません。
だからこそ、一度立ち止まることが大切です。

感応とは、相手を感じようとする静かな姿勢なのです。
相手を理解しようとすることから始めるとよいでしょう。

まとめ

人は相手の気持ちを直接見ることはできません。
見ているのは事実ではなく、自分の解釈です。

だから誤解が生まれます。
分かり合えないことがあります。

しかし、できることもあります。
それは相手を決めつける前に耳を傾けることです。

理解できないことを認めながら、それでも理解しようとすることです。
恋愛も夫婦関係も友人関係も、完全な理解によって成り立っているわけではありません。

分からないままでも向き合おうとする姿勢によって支えられています。
沢山咸が示す感応とは、まさにその姿勢です。

相手を変えようとする前に感じ取ろうとすること。
答えを急ぐ前に耳を傾けること。

その積み重ねが、人と人との関係を少しずつ深めていくのではないでしょうか。
対話を積み重ねるしかないのかもしれません。

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