私は率直に言えば、お金が欲しいと思っています。
こういう言い方をすると、少し身も蓋もないように聞こえるかもしれません。
「人生はお金だけではない」という言葉もあります。私も、お金だけが人間の価値を決めるとは思っていません。
しかし、それでも私はお金を重要なものだと考えています。
なぜなら、私にとってお金は、単に物を買うためのものではないからです。
お金が増えることによって、自分の生活の中にある障害を減らすことができる。人に頼らなければならない場面を減らし、時間を買い、健康を守るための選択肢を増やすこともできる。
私にとってお金は、自由を増やすための手段です。
そして、お金があるということ自体にも安心感があります。
私は、社会に認めてもらうためにお金を得たいわけではありません。
むしろ、私は社会の評価というものを、それほど信頼していません。
社会は遅れることもあるし、間違えることもある。
それでも、お金は現実の中で使うことができます。
だから私は、評価そのものよりも、収益という結果を重要視しています。私の思いを遂げるためには。
目次
価値を提供したなら、収益までつなげたい
私は、良いものを提供したのであれば、それに見合った収益が生まれる状態が自然だと思っています。
例えば、自分の記事が毎月10万人に読まれ、多くの人から役に立った、面白かったと言われている。
それなのに、収益はほとんど生まれていない。
私は、それを完全に満たされた状態だとは感じないと思います。
価値があるものを提供したのであれば、その価値がどこかで収益につながっていく。
私は、その形が自然だと思っています。
もちろん、価値があるものを作れば、自動的に収益になるとは限りません。
読者へ届かなければならない。
読まれる必要もある。認められる必要もある。
必要なら商品やサービスにつながる仕組みも作らなければならない。
価値を作ることと、その価値を収益へ変えることは、同じ作業ではありません。
だからこそ私は、価値を生み出すことだけで満足したくないのです。
そこから収益が生まれるところまで考えたい。
その循環が、事業として一つの形になると思っています。
社会の常識は参考にしても、絶対にはしない
私は、自分の作ったものに価値があるかどうかについて、最終的には自分で判断します。
もちろん、他人の評価も参考にはします。
しかし、他人がどう評価するかは、私には決められません。
社会が何かを高く評価することもあれば、後になってから価値に気づくこともある。
逆に、その時代には高く評価されていても、後から見れば間違っていたと考えられることもあります。
社会には、世間の知恵として積み重ねられたもの、つまり常識があります。
私は、常識そのものを否定しているわけではありません。
常識というのは、過去からの知恵の積み重ねでもあるからです。
過去に多くの人が経験した失敗や成功が積み重なり、「こうした方がいい」という知恵になっている。
それは大切です。
しかし、過去の知恵だけで未来を考えると、未来への道を塞ぐこともあります。
例えば、飛行機を例にとりましょう。
もし、人は空を飛べないという過去の常識だけを守り続けていたら、飛行機は生まれなかったかもしれません。
過去にできなかったことが、未来にもできないとは限らない。
だから私は、社会の評価や常識を参考にはしても、絶対のものとしては扱いません。
収益は、交換が成立したという現実でもある
では、社会の評価をそれほど信じない私が、なぜ収益を重視するのでしょうか。
一つには、収益は現実だからです。
言葉で褒められることとは違います。
実際にお金が発生する。
収益が発生しているということには、少なくとも誰かが何かに価値を感じて交換が成立したという事実があります。
私は、世の中はまったく価値のないものに、いつまでもお金を払い続けることはないと思っています。
もちろん、例外はあるでしょう。
一時的な流行や、宣伝の力によって売れることもある。
しかし長く見れば、何らかの価値がなければ流行や収益は続きにくい。
だから、自分の活動から初めて収益が生まれたとき、私は「自分にはかなりの力が蓄えられてきたのだ」と感じると思います。
ゼロから一を作ることは難しい。
しかし、一度収益が生まれれば、その仕組みを検証し、改善し、広げていくことはできます。
評価そのものを生み出すことより、すでに生まれた評価を拡大していく方が、方法を考えやすい場合もあります。
その意味でも、最初の収益には大きな意味があります。
私にとって自由とは、障害が少なくなること
私にとって自由とは、「何でも好き勝手にできること」ではありません。
障害が少なくなっていくことです。
社会の制約。
他人の評判。
誰かに頼らなければならないこと。
時間が足りないこと。
健康を守るための選択肢が少ないこと。
そういった、自分の行動を妨げるものが少しずつ減っていく。
それが、私にとって自由に近い状態です。
特に大きいのは、他人への依存、健康、時間です。
お金があれば、すべての問題が解決するわけではありません。
しかし、人に頼らなければできなかったことを、自分で選べるようになるかもしれない。
時間を買えることもある。
健康を守るために、より負担の少ない方法を選べることもある。
私は、それを大きいと思っています。
不自由の中からでも自由は作れる
だからといって、お金がなければ自由になれないとは思っていません。
不自由の中からでも、自由は作ることができます。
私自身、そうしてきました。
一度に全部を変えることはできなくても、時間を使って、一つずつ潰せる不自由から潰していく。
分からないことがあれば調べる。
時間が必要なら時間をかける。
自分一人で難しければ、別の方法を探す。
そうやって、今ある条件の中でも少しずつ自由を作ることはできます。
ただし、手間はかかります。
お金を使えば、その手間を減らせることがあります。
遠回りしなくてもよくなる。
誰かに頼み込まなくてもよくなる。
安い方法だけを探すために何時間も使わなくてもよくなる。
お金は自由そのものではありません。
しかし、自由を作るための摩擦を減らしてくれる。
私はそう考えています。
お金はあくまで非常に便利な道具です。
お金があっても、私自身は大きく変わらない
もし、十分な収益を得られるようになったとしても、私は自分の生活そのものが大きく変わるとは思っていません。
今やりたいことの多くは、今でもやろうとしています。
お金がないから完全に何もできないというわけではありません。
ただ、今は一つのことを実現するために、多くの時間や手間が必要になります。
お金があれば、それが少し簡単になる。
私は、そのくらいに考えています。
だから、お金を得たから別の人間になりたいわけではありません。
今の自分のまま、今より少ない障害で動けるようになりたい。
それが私にとって大きいのです。
そして、お金にはもう一つ大きな意味があります。
安心感です。
お金がなければ、すぐに命を取られるというわけではないかもしれません。
しかし、お金が足りない状態では、小さな問題が何度も積み重なります。
小さな不自由は、積み重なれば対応するのが大変になります。
お金は、心の疲労からも助けてくれる
何かを買うたびに迷う。
移動するたびに費用を考える。
何かが壊れたらどうしようと考える。
体調が悪くなったときにも、お金のことを考えなければならない。
一つ一つは小さなことでも、それが積み重なれば疲れます。
肉体的な疲労だけではありません。
心も疲れていく。
お金には、そうした疲労から人を救い出してくれる部分があると思っています。
だから私は、お金そのものにも価値を感じています。
単なる数字ではありません。
選択肢であり、余白であり、安心でもあるのです。
私は、お金が欲しいという気持ちを無理にきれいな言葉へ言い換える必要はないと思っています。
お金は欲しい。
しかし、それは単に数字を増やしたいからではありません。
その数字によって、いま自分を縛っている障害を一つずつ小さくしていきたいのです。
結果が出ないときは、問いそのものを疑う
もし、記事を書き続けても収益が出なかったとします。
そのとき私は、一つの理由だけを疑いたくありません。
記事が悪いのかもしれない。
届け方が悪いのかもしれない。
収益化の仕組みが弱いのかもしれない。
時間が足りないだけかもしれない。
いろいろな可能性があります。
だから私は、それぞれの結論について「それは本当か?」と問い直します。
そして、もう一つ大事なのは、自分が疑っているその疑い自体が正しいのかを考えることです。
「記事が悪い」と思った。
では、本当に記事が悪いのか。
「需要がない」と思った。
では、本当に需要がないのか。
「自分には向いていない」と思った。
では、それは何を根拠にそう判断したのか。
私は、何を疑うべきなのかまで疑いたい。
問題の答えを探す前に、問いの立て方そのものが正しいのかを考えたいのです。
私は社会からの承認ではなく、自分の自由を求めている
私は、社会に褒められるためにお金を得たいわけではありません。
世間に自分の価値を認めてもらうことを、最終目的にしているわけでもありません。
私自身については、私が一番よく知っています。
自分が何を考え、何をしてきたのか。
そこについて、社会に証明してもらわなければ分からないわけではありません。
ただ、結果が出れば、周囲のノイズは減るかもしれません。
「そんなことをして何になるのか」
「できるわけがない」
「何をしているのか分からない」
そういう言葉に、いちいち説明しなくてもよくなる。
それは、私にとってありがたいことです。
しかし、それ以上に重要なのは、自分が自由になることです。
他人への依存を減らす。
健康を守る選択肢を増やす。
時間を取り戻す。
そして、何かをするたびに感じる小さな摩擦を減らしていく。
まとめ|お金によって、少しずつ不自由から自由になる
お金は、私にとって自由そのものではありません。
しかし、自由を増やすための非常に強い手段です。
私は、お金を得ることによって、
「私は不自由から少しずつ自由になった」
と、自分自身に言えるようになりたい。
そのために、価値を作る。
それを届ける。
そして、きちんと収益に変える。
私は、そのところまで行きたいと思っています。
社会から認めてもらうことが、私の最終目的ではありません。
価値を作ったことを、自分自身が分かっている。
そして、その価値を現実の収益にまでつなげる。
その結果として、昨日より少しだけ障害が減る。
昨日より少しだけ自由になる。
私にとって、お金を得るということは、そういうことなのだと思います。
