クリスマスは準備している時間も楽しい|当日より前から始まるもの

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こんにちは。高垣です。

昔の記事を読み返していたら、

「クリスマスは、そんな準備さえワクワクして楽しいもの」

と書いていました。

記事自体はかなり荒い。

何を書きたいのか散らかっているところもあります。

でも、この一文は今読んでも分かる気がしました。

クリスマスというと、12月24日や25日を考えます。

でも実際には、その前から始まっています。

当日は、準備の成果が出るだけの日。そんな感じすらします。

ツリーを出す。

飾りを付ける。

プレゼントを考える。

街のイルミネーションを見る。

当日が来るまで、少しずつ気分が変わっていく。

もしかすると、行事というものは「その日」だけでなく、「待っている時間」まで含めて行事なのかもしれません。

行事によっては、その準備自体の方が本番よりも印象に残るということも、十分あり得るのではないでしょうか。

気分的に一番盛り上がるのは、その前日だったりすることもあります。

ツリーを出した瞬間から空気が変わる

何もなかった部屋に、クリスマスツリーを置く。

それだけで少し雰囲気が変わります。

まだプレゼントはない。

クリスマス当日でもない。

でも、ツリーがあることで、

「今年もこの時期が来た」

と感じる。

そこにライトを付ける。

星を付ける。

去年使った飾りを出す。

一度に完成させなくてもいい。

一度に完成するものは日常的にありますから、普段は気づきませんが、どこか人工的な感じがします。

徐々に一つずつ増えていくことで、部屋が少しずつクリスマスになっていきます。

私は、その過程そのものにも意味があるのだと思います。

待っている時間が楽しさを大きくする

よく思うのは、楽しみにしているものは、すぐ来ればいいと感じがちだということです。

でも、すぐ来ないからこそ楽しめるものもあります。

「あと何日」

と思う。

プレゼントを考える。

何を食べるか考える。

飾りを一つ足す。

「待つ楽しみ」というものも、明快にあります。

日々、楽しみに待つ。

そうして待っているうちに、当日の意味が少しずつ大きくなります。

子どもの頃のクリスマスが、特別に長く感じられた人もいるかもしれません。

大人になると、12月はあっという間です。

だからこそ、準備する時間を意識して持つことは、季節を感じる方法にもなると思います。

季節を感じるということは、生きている時間を研ぎ澄ますことにつながっているような気もします。

急ぐことだけが、時間の使い方ではない

今は、欲しいものがすぐ届きます。

動画もすぐに見ることができる。

連絡もすぐに届きます。

そんな時代でも、楽しみにしていることなら、待つこと自体が楽しみになります。

「忙しい、忙しい」と言いながら時間を過ごすのではなく、待つことを楽しんだり、その時間を有益に使ったりする。

そうやって、楽しみながら生きた方がいいんじゃないかと感じるんですよね。

何か他人に与えられた答えを探して、急いでいろいろなことを考える。

私は、そのスタイルには疑問を感じます。

すぐに答えが出ない時間。

まだ完成していない時間。

何かを待っている時間。

そういう時間にも、別の価値があるのではないでしょうか。

クリスマスを待つ時間は、そのことを考える一つのきっかけになるのかもしれません。

面倒な準備まで、なぜ思い出になるのか

準備は、必ずしも楽しいことばかりではありません。

面倒なことも多い。

ツリーを出すのも、片付けるのも面倒です。

それなのに、後から振り返ると、その面倒だった作業まで含めて「あの年のクリスマス」になる。

少し不思議です。

なぜ、そんなことが起こるのでしょう。

そう感じるのも、実は本番だけではなく、準備の方が楽しかったりすることがあるからなのかもしれません。

「面倒だったのに、なぜ思い出になるのか」

この矛盾をどう考えるか。

それ自体が、その人の時間に対する考え方、人生に対する視点につながるのではないでしょうか。

効率だけで考えれば、面倒なことはできるだけ減らした方がいい。

でも、人生の中で後から残る時間が、必ずしも効率の良かった時間だけとは限らない。

私は、そこが面白いと思います。

行事は一日ではなく、記憶のまとまりなのかもしれない

クリスマスの記憶を思い出す時、

「12月25日の何時何分」

だけを思い出すわけではありません。

街の明かり。

寒さ。

店の音楽。

ツリーを出したこと。

プレゼントを考えたこと。

そういうものが一緒になって、

「ある年のクリスマス」

になります。

一期一会というものだと思います。

そう考えると、準備も本番も片付けも、全部同じ時間の中にある。

昔の記事で何気なく書いた、

「準備さえワクワクする」

という言葉。

今なら、その意味を少し深く考えられます。

クリスマスは一日ではなく、少しずつ積み上がる時間なのかもしれません。

日々は、人生の一片なのですから。

毎年同じクリスマスでも、同じ時間は二度とない

ツリー。

ケーキ。

プレゼント。

クリスマスには毎年似たようなものが並びます。

形だけを見れば、毎年同じように見えるかもしれません。

しかし、自分の年齢も、家族も、少しずつ変わっています。

2026年のクリスマスを、2027年にもう一度再現することはできません。

昔は、一期一会や「日々は人生の一片である」という感覚を、もっと感じやすかったのかもしれません。

今はインターネットやスマートフォンなど、たくさんの機械を使い、同じような形のものが周りにあふれています。

しかし、時間は淡々と進むけれど、決してデジタルなものではない。

時間が人生だからです。

どの瞬間を切り取っても、全く同じ時間はありません。

毎年同じようにクリスマスを迎えているようで、実際には、その年のクリスマスは一度しかない。

だからこそ、そこへ向かっていく時間も大切にしたい。

私は、そう感じるんです。

まとめ|クリスマスは当日より前から始まっている

クリスマスは、当日だけじゃない。

12月24日や25日だけではない。

私は昔の記事を読み返して、そんなことを考えました。

ツリーを出す。

飾りを付ける。

プレゼントを考える。

少しずつ街が変わっていく。

そういう時間が積み重なって、徐々に本番がやってきます。

準備は、本番のために仕方なくやる作業ではない。

準備している時間そのものが、もうクリスマス。

そういう、漸進的なものなのでしょう。

待っている時間も、面倒な準備をしている時間も、後から振り返れば「あの年のクリスマス」の一部になることがあります。

そして、毎年同じように繰り返しているようでも、今年の時間は今年にしかありません。

行事を楽しむというのは、その一日を楽しむことだけではなく、そこへ向かっていく時間まで味わうことなのだと思います。

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