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教科書で知った三人と、小説で出会った三人
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。
日本史を学べば、三人とも誰もが知るような人物です。天下統一という大きな流れの中で名前を覚えた人も多いでしょう。
しかし私は、司馬遼太郎の小説を読み続ける中で、この三人が教科書で習った「三人」とは少し違って見えるようになりました。
私は司馬遼太郎の作品をかなり読んできました。面白かったのは、同じ時代を書いていても、誰を主人公にするかによって見える世界が変わることでした。
信長には信長の側から見える世界がある。
秀吉には秀吉の世界があり、家康にも家康の世界がある。
これは当たり前のことのようですが、一人の人間の側から歴史を追っていくと、教科書で結果だけを追うのとはまるで違って感じられます。
後世の私たちは、信長の後に秀吉が現れ、その後に家康の時代が来ることを知っています。
しかし、彼ら自身はそんな未来を知りません。
その瞬間、その瞬間に与えられた環境の中で判断し、生き延びようとしていたはずです。
歴史を結果から見ることと、その中を生きていた人間の側から見ること。
同じ出来事を扱っていても、この二つは同じものではない。
私は司馬遼太郎を読みながら、その違いを強く感じるようになりました。
信長には、信長からしか見えない時間がある
たとえば織田信長です。
後世から見れば、天下統一へ大きく近づいた戦国武将として知られています。しかし信長の側からその人生を見ると、最初から巨大な権力を持った人間として人生が始まったわけではありません。
織田家の中で自分の立場を確立するまでにも危うさがある。義父の斎藤道三が窮地に陥ったときには、助けようとしても十分な兵力を出せず、救えなかったという苦い出来事もある。
桶狭間では、大軍を率いる今川義元を破ります。
結果を知っている私たちは、「桶狭間で今川義元を破った信長」と簡単に言えます。しかし結果が出る前の信長にとって、それは最初から勝つことが分かっていた戦いではありません。
その後、勢力を拡大したから安泰になったわけでもない。
将軍を中心として信長に対抗する勢力が形成され、強大になった後にも苦しい局面が続きます。
こうして一人の側から時間を追っていくと、「成功した織田信長」という一言では消えてしまうものが見えてきます。
人間は、一生成功し続けるわけではありません。
後世から一つの結果だけを取り出せば成功者に見えても、その人生の途中には、失敗も恐怖も、思い通りにならなかった時間もある。
信長の人生を信長の側から見ることで、私はそのことを感じました。
秀吉と家康にも、それぞれ別の物語がある
豊臣秀吉を主人公として見れば、また違った世界になります。
秀吉は、最初から大きな家や領地を持っていた人間ではありません。低い立場から出発し、自分より格上の人間たちの中で渡り合い、信長からは厳しい仕事を求められながら立場を築いていく。
本能寺の変によって状況が大きく変わると、今度は織田家の権力構造そのものを取り込むようにして頂点へ進んでいく。
しかし頂点に立ったからといって、すべてが終わったわけではない。
自分自身の力で巨大な体制を作ったからこそ、自分がいなくなった後、それを子どもたちが維持できるのかという問題も残ります。
家康から見れば、また別です。
幼いころから他家との力関係に翻弄され、人質として過ごした時期がある。独立した大名になってからも、信長との関係では自由に何でも決められる立場だったわけではない。
武田信玄との戦いでは大敗し、命を失わずに帰ること自体が重大だった局面もあります。
それでも時代が動く中で勢力を大きくし、やがて周囲から巨大な勢力の主として見られるようになる。
同じ戦国時代なのに、信長を中心に置くか、秀吉を中心に置くか、家康を中心に置くかで、見えてくる世界はかなり違うのです。
人物が変わったのではなく、見る位置が変わった
ここで重要なのは、視点を変えたからといって、歴史上の人物を都合よく別人にしてしまうことではないと思います。
私が司馬遼太郎を読んで面白いと感じたのも、主人公が変われば人物の見え方は変わるのに、その人物の本質まで好き勝手に変えているようには感じなかったことです。
変わったのは人物そのものではなく、こちらが立っている位置です。
天下統一という視点から歴史を見れば、信長、秀吉、家康という大きな流れが見える。
徳川幕府を成立させ、征夷大将軍となったのは誰かと問えば、家康が中心に置かれます。
しかし家康の一生を「幕府を開いた人」という結果だけで見れば、人質だった時間も、信長との力関係も、武田信玄に敗れた経験も、すべて「最後には勝った人の途中経過」になってしまいます。
本人がその出来事を経験していた瞬間には、そんな結末は分かりません。
これは秀吉でも信長でも同じでしょう。
後世の私たちは結末を知っています。
しかし、その人自身は結末を知らずに生きている。
だから歴史上の人物を見るとき、「最終的に何を成し遂げた人なのか」という問いだけではなく、「その時、その人には世界がどう見えていたのか」という問いを置くことで、同じ人物の別の姿が現れてくるのだと思います。
「私」と「君」では、同じ世界でも物語が違う
これは歴史上の人物だけの話ではないと思います。
もっと小さな単位まで戻せば、「私」と「君」でも同じことが起きています。
同じ出来事を経験していても、私には私の環境があります。君には君の環境がある。
持っている能力も、それまで経験してきたことも、そのとき置かれている立場も違います。
だから同じ出来事の中にいたとしても、そこから見える世界が完全に同じになるとは限りません。
信長、秀吉、家康という三人だけでも、三つの方向から見ることで違う物語が現れました。
それを三人ではなく、百人、千人、一万人と増やしていったらどうなるでしょう。
歴史とは、そうした無数の人間の視点や事情が折り重なったものなのではないかと私は思います。
だからといって、歴史的事実まで人によって自由に変わるという意味ではありません。
起きた出来事と、その出来事が一人一人にとって何を意味したかは分けて考える必要があります。
どの事実を取り上げるのか。
誰の側から見るのか。
人生のどの時点から見るのか。
問いが変われば、同じ人間でも違う姿が見えてくる。
一つの人物像だけが間違いなのではなく、一つの視点だけでその人間のすべてを見たつもりになることの方が危ういのではないでしょうか。
まとめ
歴史上の人物には、後世から与えられた一つの顔だけがあるわけではありません。
信長、秀吉、家康も、誰の側から見るのか、人生のどの時点を見るのか、何を問いとして置くのかによって違う姿が現れます。
私たちは歴史の結末を知っています。しかし、彼ら自身は結末を知らないまま、その瞬間ごとの環境と制約の中で生きていました。
これは私たちの日常でも同じでしょう。
私には私から見える物語があり、君には君から見える物語がある。
事実そのものまで自由に変わるわけではありません。しかし、一つの出来事から立ち上がる意味や物語は一つではない。
歴史を見るということは、結果だけを知ることではなく、その結果の中に埋もれてしまった無数の人間の視点を想像することでもあるのだと思います。
